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カバラってすごいなぁ。カバラマジックの思い出を語る。(前編)

ミステリースクールの 「アデプトプログラム」 をうけた方には、
クラスの中で必ず 「カバラ」 のお話があると思います。

ミステリースクールでは、古代の叡智である「カバラ」の教えを、
知識レベルだけでなく、エネルギーとしてもがっつり体験できるよう、
1年間かけてカバラの生命の樹のプロセスを学ぶクラスがあります。

約3カ月ごとに4回に分けて、10個のセフィロートをエネルギー体験してゆく
とてもエキサイティングなクラスです。

今日は少し、私のことをお話ししようと思います。
思いのほか長くなっていてすみません。よかったらどうぞ。



私がこのカバラのクラスを始めて受けたのは、実は、2005年にアデプトになってすぐ後です。
ヒーラーアカデミーやリチュアルマスターなどの特別なクラスを受ける前です。

そのころの私、本当にマインドがごちゃごちゃしていて、いつも悩み事の嵐でした。瞑想をするように、アデプトで習ったので、当時働いていた那須のホテルの渓流で自然の中で樹にもたれて瞑想をしても、渓流で頭をひやしても、何をしても雑念の嵐でとても静かなマインドなどやってこようはずもありません。

その当時通っていたヒーラーの先生が、その様子を見かねたのか、

「もう瞑想はいいから、カバラを受けたらどうですか?」

と進めてくださいました。そのころ、ミステリースクールに魅せられていましたので、1も2もなく、カバラを受けることにしました。カバラはマインドを整理するシステムです。2005年9月のことです。その3か月後、12月にカバラ2を受け、セフィロートの半分を体験しました。

2006年3月に受講を予定していたカバラ3は、お金の準備ができず進みませんでした。
厳密に言うと、クラス料はあったのですが、生活費がゼロになります。
そこでガイドだった先輩に相談すると「背に腹は代えられないから生活にあてなさい」そういわれて諦めました。
不思議なものですが、あとであのとき行っていればよかった、と何度か思うことがありました。
みなさん、自分の心を信じなくてはいけません。
ガイドさんがいけないわけではなく、ガイドさんの言うことを私が鵜呑みにした、その結果、
次のクラスを受けるまで1年かかってしまいました。とてもいい経験です。

カバラ3に復活できたのは、2006年ヒーラーズアカデミーを受けた後、1年後の冬でした。
順調にカバラ4を春に受けた私は、その後、2007年春にリチュアルマスターになりました。


私にとって、リチュアルマスターはどうしてもならねば、というほどのものでもなく、なんというか、あこがれのような、興味本位のようなもので、「あれって気になるけど、どうなの?」って程度のものでした。リチュアルマスターになるべき人は、一も二もなくすぐなった、という方多いですが、私は、アデプトやヒーラーやアダムカダモンに関してはまさにその通りでしたが、リチュアルマスターはなんだかいつも腰が引けていました。

しかし、カバラ4を終えた時、それ以外のご褒美や変化と言ったら特に思い当たらなかったので、たぶん、私の中で、カバラを受けたことが、リチュアルマスターへとコマを進めてくれるキーだったのかな、って思います。
カバラで現実化することは、たいがい本人がスピリットレベルで望むことしか叶いませんから、もしかしたら、私のスピリットはどこかでリチュアルマスターなりたかったのかもしれないですね。抵抗していたのは、低次の私(エゴ)かも。

その後は、カバラ好きでしたが、1回受けたし放置していました。
でも、宿題もたいしてせず、ただ受けただけでしたら、自分がカバリストだと名乗るほどでもありません。
正直、1回目のカバラは、たいていちんぷんかんぷんです(*^_^*)

そんな中、いつもカバラのクラスには再受講の先輩が何人かいました。
ヒーラー仲間も2回目に受けると不思議とすんなりわかるんだよね、と言っていたのを聞いて、いつか受けてみたい、と思っていました。


そして、その時が来たのは、2011年2月。まぁ、なんと6年近くたってからです。
本当にちんぷんかんぷんで、テキストに至っては、ぼろぼろで印刷が禿げています。
当時、わが家でアデプトさん&RMになった友人と一緒にスタートしました。

再受講と言っても、アセンションのみ、ということもあったけど、
この1年間は強い意志でがんばって受講しました。なにか修めたい強い欲求がありました。

カバラ4開催前のひと月は、都内へ引越しのため、居場所もないままうろうろと
都内のヒーラーさんのお宅にお世話になったりしながら、自分の新しい居場所を求めてさまよっていた(戦っていた)時だったので、本当につらかった。

引越しって、新しい自分の居場所を創り出すわけだから、
すごくすごく、自分のことを見つめることになります。
どうして引越したいのか、どんな風になりたいから引越すのか、
その意図を煮詰めて煮詰めて、その意志を頼りにひたすら行動します。
己との戦い、っぽい空気に満ちていて、己の暗やみを旅する時期(アビスといいます)でした。

引越し先が見つかったころ、
山梨でカバラ4の合宿をし、翌日そのまま、今の川崎の家を契約したのでした。
2011年10月末のことでした。

このカバラ4の瞑想で、私は祝福を受けていました。
あ~、この後必ずよいことがある、と確信しました。
引越し先もとても祝福ムードに満ちていて、栃木にいた時には想像もできない、
RMの仲間が立て続けに遊びに来てくれる出来事が続きました。
そして、12月、私はガイドになりました。
あのとき受けた祝福のことは、すっかり忘れていましたが、驚くことに長年の夢を実現しました。


調子に乗った私は、その後続けて、昨年末の11月からスタートしたカバラ3巡目に入りました。
この回も強い意志を持って、アセンションのみでしたが、がんばりました。
なんであんなにやっきになってたんだろう、って思うけど、変わりたかったのかな。
または、カバラで現実変えることへの期待かな。ある意味行きすぎた向上心かも。

この間に、ミステリースクールでは5月5日に大きなワークがありましたので、
いったいどのマジックが聞いてるのか、ちっともわかりませんでした。
55ワークのときは、カバラ2、イエソド、ホド、ネツァック、ティファレットという4つのセフィロートにいました。

6月のカバラ3は、55ワーク後の浮かれ具合で、どうしても自分を見つめる気になれず、さぼりました。
戦いの後、またカバラで克己はきつすぎたのです。

しかし、すべてを完結させることの重要性を知っていた私は、
つい数カ月前の9月のカバラ4のアセンションを受けました。

あのころ、サード合宿がありましたので、
RMサードになりたかった私は、このカバラ4にヒントがあると思っていました。
でも、実際は、サードのお声もかからず、なんの変化もありませんでした。


私の内側には、今年の13の月の暦の新年(7/26)から、
まったく新しい自分の本当の人生が始まろうとしているのを感じていました。

それは、自分の両親や、自分をアデプトに産み出してくれた先輩たちに媚びたりする人生でなく、
本当に自分を知って、自分の特性を生かしていく人生を、一から作ろうとしていました。
それには、まず、なんにもない「無」が存在し、なんのやる気もなく、とにかくただ「在る」を経験しました。
意志も意図もなく、「ただ存在し」、
そこからいったいなにが生まれい出ようとするのかを、自分でも見届けてゆくような時でした。

8月は自分のルーツをたどりました。
両親のお墓参りをし、そのルーツを調べ、わが両親の偉大さを知り、「畏れ」と「いのちの繋がり」を実感しました。
9月中旬まで、自分のDNAレベルのオリジン(原始)まで突き進む旅が続きました。

今年の5月に直伝霊気の師範格になったことも大きく影響していました。
このことで、私は自分がどれだけ日本人であるか、を深く理解しました。

どんなに日本のことを知ろうが知るまいが、両親を忌もうが好もうが、
自分はまぎれもなく日本人のDNAを持っている、
その原初の何かが活性化するきっかけとなったのが、
直伝霊気の霊授ができるようになったことと重なりました。


霊気の霊授をさせていただくほど、日本人のルーツのエネルギーに触れるようで、
どんどんその神聖さを多くの人に活性化してほしいという気持ちが生まれました。
だって、アインシュタインだって、願わくば日本人のDNAがほしかった、と言ったのですよ。

話がそれましたが、
そんなこんなで、9月にカバラ4を受けたにもかかわらず、
カバラが大好きな私は、グッドニーのカバラのクラスにも惹かれ、
恐ろしいことに、カバラ4の前に、次の4巡目となるカバラ1を受けてしまったのです。


何気なく行うアセンションも、その結果は自分が引き受けなくてはなりません。

(つづく)
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by aromavenus | 2012-12-04 03:43 | スピリチュアルコラム